音楽家の室内気候(6月17日交流会レポート)@PS ジャングル

参加者:岩崎真実子氏(オルガニスト)

平山武久 勅使川原学 有本健彦 茂木 彩 (ピーエス株式会社)

 

2019年6月17日、オルガニストの岩崎真実子さんにPSジャングルにお越しいただき、交流会が開催された。

パイプオルガンという楽器がいかに周囲の環境に左右されるか、音楽家にとっての理想的な室内気候とはどういったものかという課題は、音楽に携わる方々にとって、さらに温度と湿度の専門家であるピーエスにとって、重要なテーマの一つである。
オルガンを取り巻く現在の状況も交えながら、様々なお話をお聞かせいただいた。

※なお、ここでオルガン、オルガニストと記載する対象は、全てパイプオルガンを示すことを、事前にお断りしておく。

オルガニスト 岩崎真実子さんと、ピーエス株式会社 代表取締役 平山武久氏

 

勅使川原「日本のパイプオルガンは、現在、全部で何台くらいあるのでしょうか?」

岩崎「1970年代に日本に本格的に入り始めて、今は1000台を超えています。ほとんどがアメリカやヨーロッパで制作されたものですから、木材も向こうのものが使われていますが、日本の気候の中に置かれているうちに、木が鍛えられて音が深みを増し、変化してくるのが面白いですね」

―岩崎さんのお話によれば、オルガンは数十年に一度、大規模な調整が必要なのだそうだ。
300年前に製作された楽器もその調整(修復)の記録が残っている場合があり、調整の度に整音という作業を行うので、その響きはオリジナルとは当然異なってくる。1600年代(バロック時代)の作品を演奏する時にはその時代の響きを持ったストップ(音栓)を選ぶ必要がある。オルガニストはその楽器のことをよく知った上で、細心の注意をもって音色を選ぶことが必要なのだとか。

それにしても、一度教会などに設置されたオルガンは、半永久的にその場に留まることになる。

そこがピアノや他の楽器との、大きな違いであろう。だからこそ、その場所の気候に木が馴染み、音が変化してくるという驚くべき、そして神秘的な事実がある。
ただ、オルガンの設置されている古い教会などでは、それこそ空調設備が整っていないため、冬は観客がコートを着込んで、震えながら礼拝に参列するということが起こり得る。もちろん、オルガニストへの影響も計り知れない。大聖堂のような重厚な建物ではあまり温湿度の急激な変化はないが、日本のように夏の湿気や冬の乾燥が激しい環境は、楽器にとっても決して良いとはいえないのである。

岩崎「オルガンのある教会を巡る状況も、年々厳しくなっているのは事実だと思います。楽器のメンテナンスにもお金がかかるし、なかなか内部の環境にまで気がまわらないのではないでしょうか。私がオルガニストをしている立教女学院のマーガレット礼拝堂のオルガンも、ピーエスさんの加湿器を入れるまでは、冬の乾燥期にはオルガン内部に、濡らしたタオルを入れたりして、しのいでいましたからね」

マーガレット礼拝堂のパイプオルガン。 テイラー&ブーディー社製(1988年)

武久「日本の場合はやはり、室内環境も温湿度の変動が激しいという特徴があると思います。例えば、ヨーロッパの暖房というのは、冬に入れてから春まで全く切らないんですね。そうすると、建築物も安定した環境が保てる。そのように、一年を通じて安定した環境をつくるという感覚を、我々は大切にしたいと思っているんです。激しい変動の中で真っ先に傷むのが、オルガンやピアノといった楽器ですからね」

―その後、空調を含めた古い建物のリノベーションに話が及び、ピーエスが手掛けた熊本PSオランジュリが紹介される。かつては銀行であった大正時代の建物を次の時代にも残すため、1997年にピーエスが譲り受けたのが始まりだった。リノベーションに長けたデンマークの建築家との試行錯誤の末、外観はほぼそのままに、内部にPS HR-Cを大胆に配置し、冬は暖かく、夏は涼しい大空間に創り変えた、画期的なプロジェクトである。自然光がふんだんに降り注ぎ、古いものと新しいものとの融合が見られるこの建物では、研究会やパネルディスカッション、コンサート等が行われている。熊本地震を経てさらに強固なつくりにすべく、現在は修復中。岩崎さんも、PS オランジュリの前の姿とリノベーション後の映像に、興味深げに見入っていらした。

岩崎「楽器、特にパイプオルガンは、つかわれる木が非常に重要です。強いていうなら、森の中でどの木を選ぶか、そして切ったあとに10年寝かせて、ようやく腕の良いビルダーによって良いオルガンになるのですね。オルガンは置かれた環境によって音が育ち、それが聴衆に伝わり、何百年にも渡って受け継がれていくというような壮大な楽器なのです。始めはオルガンを入れることにばかり頭がいくけれど、入れたあとの環境をどうするのか。これは、とても大切なことだと思います」

武久「今、色々とお話を伺っていて、例えばワインもそうだし、チーズもそう、楽器に使われている木に対しても、要するに生きているものに対して、強制的に空気を掻き回すのは良くないという思いを新たにしました。岩崎さんの仰るように、木が育っていくということは、その場の温度と湿度を一定にすることは求めないんですね。空調というと、すぐに温湿度を一定に管理することにばかり頭がいきますけど、自然+PSの理念が示す通り、変化があって快適である空間への提案を、これからも大切に考えていきたいと思います。楽器と演奏家と聴衆が良い時間をつくる、そんな空間について、これからもディスカッションを密にできると良いと思います」

―この他にも、時折笑いを交えながら、和やかで、かつ積極的な対話が交わされた、今回の交流会。今後も音楽のある空間について、様々な議論の展開が期待できるような時間であった。岩崎真実子さん、貴重なお話をありがとうございました。(茂)

TOPへ